「仲人」(ショート・ショートを書いてみた⑧)
今日10月20日は、30年前にある人に言われた運命の日だ。私は、いつも通り、笑顔で夫を送り出した。気にしていなかったと言えば噓になるが、まさかその人の言う通りになるとは、思ってもみなかった‥‥。
野村修也
2026.04.15
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激しい地響きとともにクレーンが倒れ、夫が掘削中の穴に転落した。一緒に落ちた仲間の二人は地上から三十メートルほどの場所で岩に引っかかったが、夫はそこからさらに百メートル近く滑落したものと見られていた。二人は呼びかけに応じるが、夫の声は聞こえない。二次災害の恐れから救出活動は難航を極め、ロープに吊るして運ばれる食糧だけが命綱だった。二人はそれを受け取ると、夫の分を下に投げ入れるが、夫がそれを口にしているかどうかは、知る由もない。
死ぬかもしれない――そう思った瞬間、私はいても立ってもいられず、タクシーに飛び乗った。結婚してから28年。毎日が苦労の連続だった。病気で子宮を除去し子供を産めない身体になった日‥‥、夫は、「それも僕らの運命だ」と言って優しくいたわってくれた。リストラで前の職場を追い出された時も、夫は、愚痴ひとつこぼさず、「次の職場が楽しみだ」と言いながら、きつい建築現場の仕事に身を転じた。私が大きな怪我をして入院した際には、「神様がたまには休めと言ってるんだよ」と笑いながら、毎日お見舞いに来てくれた。
そんな優しい夫に励まされながら、私は、毎日笑顔だけは絶やさずに過ごすよう努めてきた。なぜなら、それが30年前に、あの人と交わした約束だったから‥‥。